昔の大学受験参考書を展示する私設博物館です。
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収蔵品番号302 田村の現代文講義4 2011年 09月 20日
【著者】田村秀行 【肩書】代々木ゼミナール講師 【出版社】代々木ライブラリー 【サイズ】A5 【ページ数】91頁+別冊46頁 【目次】 予講 第一講 尾崎一雄「虫のいろいろ」 …'83・成蹊大学 第二講 井上靖「本覚坊遺文」 …'83・日本女子大学(家政) 第三講 黒井千次「春の道標」 …'84・共通一次入試本試 第四講 梶井基次郎「蒼穹」 …'81・京都女子大学 第五講 堀辰雄「幼年時代」 …'83・北海道教育大学 第六講 芥川龍之介「ピアノ」 …'78・広島大学 第七講 太宰治「魚服記」 …'84・聖心女子大学 第八講 川端康成「夏の靴」 …'82・千葉大学(文・法・経) 第九講 中山義秀「寿永の春」 …'79・大阪大学 第十講 有馬頼義「四万人の目撃者」 …'83・名古屋大学 補講 菊池寛「父帰る」 …関西大学 【初版発行年月日】1986年6月16日 【収蔵品発行年月日】1988年9月10日 第10刷発行 【収蔵品定価】760円(本体738円) 【入手困難度】★★★★☆ 【学力貢献度】★★☆☆☆ 【ヤフオク相場】7000円~ 【鑑定額】1500円 【代替参考書】久保寺亨「小説編 現代文のトレーニング」(Z会出版) 【コメント】 入試において圧倒的に評論文の方が出題されることもあり、小説専門と銘打った参考書が少ないため、絶版後は半ば神格化されて、オークションでも1万円近い価格で取引されることの多い1冊。 正直な話、センター試験を除いて、不定期にせよ小説を出題する大学というのは限られており(一部国立大と私立の女子大や文学部)、総需要としても微々たるものだけに出版サイドからすれば敬遠されるのだろう。 というわけで恒例の出題年度調査だが今回は難航を究めた。初版が1986年ということもあってそれ以前の問題になるわけだが、第二講などは旺文社の電話帳に日本女子大の家政学部が収録されておらず、延々と文学部の過去問を浚った末に各年の人気出典執筆者の一覧を見直してようやく発見した。大半が30年以上前の出題なのでさすがに古さは否めない。 一言で言えば、この本のキモは「予講」で、この10頁程度の内容で小説の読解に関する基本は終わってしまう。田村師が小説において必要な能力として「記憶力」「想像力」「裏の意味を探る力」の3つを挙げているが、こと「記憶力」に関しては試験中にメモをとることが出来るので、「全ての具体的事柄を憶えておく記憶容量の大きさ」はあるに越したことはないが第一ではないと感じられる。 小説に特有の解法として、「全てに矛盾なく解く」・「疑問が解けるように解く」・「設問箇所以外と連関をもつように解く」の3点を挙げており、数学の問題で言う「誘導に乗る」という意識は国語ではあまり見かけないため新鮮に映る。 問題は易から難という順番になっているが、第一講、第二講ともに見た目ほどはやさしくない。 第一講で些細な記述から人物の造形を言い当てる様はあたかもシャーロック・ホームズのような明察ぶり(と読者の無能ぶり)でさすがと思わせる。 しかし、第二講では致命的な勇み足も犯している。 茶室を腹を切る場所にしたという肝心の師利休はお亡くなりになってしまっており、そのような極め付け方をなさった有楽様もまたお亡くなりになってしまっている。お二方のどなたにもお訊きすることは出来ないが、師利休の茶は、きっとそのような言い方のできるものであったかも知れないと思う。(中略)どうして師はあんな所をひとりでお歩きになっておられたのであろうか。何となく解りそうでいて解らない。しかも自分は二回も師のお供をして、そこを歩いているのである。一回は夢の中で、一回は有楽さまのご葬儀の日の夜の、あの高熱に浮かされた夢幻さだかならぬ怪しさの中で。(別冊問題5~6頁) 第五段落は今の部分の確認に過ぎない。ただ、15・16行目(※註 「茶室を~しまっている。」)からは、どちらが死んだのかがわかりにくいのが問題ではある。この書き方だと一般に利休が先と考えられるが、最終段落の最後で本覚坊が二回師のお供をしたうちの「一回は夢の中で」「一回は有楽さまのご葬儀の日」とあるので、ここでは有楽さまが先に死んだと考える方が自然である。とすると、有楽さまが「腹を切る場所にした」と褒めたのは、史実上の利休の切腹を受けていったのではなく、比喩的な意味合いだったということになる。ただ、一行目に「えらかった」とあるので、やはり史実どおりかもしれない。この文章からでは判断不能である。まるで石原千秋のような狂いっぷり(爆)だが、山田芳裕「へうげもの」読者なら解るように、利休の没年は天正十九(1591)年、有楽斎は元和七(1622)年と離れており、昭和を代表する大作家井上靖がよもやまさかそんな間違いをするはずがない。 よく読めば解るように、一回は「夢の中」、もう一回は「有楽さまのご葬儀の日『の夜の、あの高熱に浮かされた夢幻さだかならぬ怪しさの中』」とどちらも本覚坊が利休の供をしたのは現実の話ではなく、史実と全く矛盾しない。解説本文だけでなくわざわざ黒枠で教訓を述べていることからも、この「誤読」を強調したいがためこの問題を選んだのは明白であり、田村師一世一代の大失態と言える。ひょっとして『現代文講義4』絶版の「真の」理由はコレかも知れない。 閑話休題。続く第三講では人口に膾炙した1984年共通一次の「春の道標」を題材にまた深い読みを見せてくれる。 さて、7行目が何の伏線になっているかであるが、先に小堀は「足を速め」ていたはずなのに、ここでは「小堀も駆け足になった」とある。つまり、バスに遅れそうになっているわけで、速く歩いている小堀でさえ遅れているのだから、当然、棗や明史はこのままでは遅れるわけであって、ここに走る必然性やバスに追い抜かれる必然性が生じるわけで、そのことが最後の場面の緊張感を生んでいる。このクライマックスを用意するために、遅れることがわざとらしくならないために7行目で「寝坊」などと言ってあるわけである(32頁)なるほど、と思わせる伏線解説だが、共通一次の忙しさ(120分5題)の中でここまで「読め」た受験生は皆無だろう。 第六講の「ピアノ」は問題文である全文が青空文庫で読める(ただし問題文は全て新かな表記)ので、あらかじめ読んだ上で以下の解説を見ていただくと「深さ」を実感できるだろう。 まず、「雨のふる」「秋の日」「横浜」にすべて意味がある。「山手」にも意味があるが、これは具体的地名なのでわからなくても仕方がない。ただし、その名から、商店の建ち並ぶゴミゴミした所でないことはわかるだろう。そして、大正十二年の関東大震災後の話であることがわかるが、どれくらい後なのかはここではわからない。ただ、藜という雑草が伸びる程度の時間は少なくとも経っているわけである。そして、本文解説の最後、 また、ここで「去年」とでてきて、一年が経過していることがわかる。関東大震災は九月一日で、今が栗の実が落ちる頃であるから。(58頁)と「関東大震災」と「栗」の意外な関係まで解き明かすあたりは溜息を催す。 問二の3「傍線ウの『超自然の解釈を加える』とは具体的にどのように考えることか、説明せよ。」という問題に対して、田村師の答えは「震災で死んだピアノの持ち主の霊が、ピアノへの愛着からピアノを弾いたと考えること。」だが、評論的な「本文が全て」というアプローチでは「ピアノの持ち主が震災で死んだかどうか」は本文に書かれていないし、「(わたしが)不気味になった」だけでそもそも「霊がピアノの持ち主かどうか」「ピアノを鳴らしたのが霊であるかどうか」すら本文には書かれていない。評論慣れしてしまっていると「想像力」に欠け、どうしても踏み込みが甘くなる、というのを気付かせられた。 後半に行くほど問題が難しくなるため本文解説が短くなり、第八講の「夏の靴」などは「駿台式!本当の勉強力」で霜(栄)師が書かれているようにどのようにも解釈できる微妙な内容だけに少し消化不良に陥る。 第一〇講は名古屋大の「四万人の目撃者」だが、田村師は全く触れていないものの、本作は第12回日本推理作家協会賞を受賞した歴とした「社会派」推理小説であり、その殺人事件が起きる前である書き出し部分が出題されている。かつてある私立大が探偵小説についての評論を出題したが、推理小説自体から出題したのは後にも先にもこれだけだろう。しかし、残念ながらこの年の電話帳ではスペースの都合なのかこの問題は省略されている(笑)。そういった特殊な問題を敢えて収録してその辺の事情を一切語らないのは不思議だし、汎用性という点でも(一応「対照法」という目的はあるものの)不満がある。 小説を専門にした参考書がこの本以降ほとんど出ていなかったせいで、石原のインチキ本(これについては冬コミ予定の新刊で詳述する)くらいしか選択肢がなかったが、最近Z会出版から代替参考書が出て、問題の古さなどから受験生が敢えて本書を高値で落札する意味はなくなったと断言する。ネットで本書を神格化して「トレーニング」では足りないなどと放言する向きもあるが、何が本書より足りないのか、どのレベルなら本書が生きるのか、というのをついぞ見たことがない。二次私大だけでなく、センター小説でも「トレーニング」で十分(本試・追試と2題収録されている)であり、あとは過去問演習あるのみだろう。
by roudai
| 2011-09-20 00:00
| 国語
|
Comments(7)
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passer-by
at 2011-09-28 01:36
x
> かつてある私立大が探偵小説についての評論を出題した
上智のことですか?
1
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いのおか
at 2011-09-30 07:10
x
小説だと中経から出た「現代文の読む技術・解く技術が面白いほど身につく本」も小説問題へのアプローチが明快で良いですね。
現代文抗議は名著ですが、ここ数年で小説対策に使える本が充実してきたので無理に使う必要はなくなったと思います。 そもそも田村流の小説読解法は年間カリキュラムでもさりげなく解説されていたりしますが(笑
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roudai at 2011-10-01 23:57
>passer-byさん
はじめまして。 記憶が曖昧だったので調べ直してきました。63年学習院大(文)の池田浩士「大衆小説の世界と反世界」です。 >いのおかさん はじめまして。真野師の本はベテラン講師の処女作だけあって、内容が盛りだくさんですね。 小説は「年カリ」にありましたっけ?今度確認しておきます。
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いのおか
at 2011-10-02 03:08
x
各巻毎に3、4題扱っていたと思います。
小説読解法の重要点は抑えてますので、田村流を学びたいならこのシリーズで十分でしょう。 あとは総合現代文or記述問題解説、過去問で演習すれば高い金払って現代文抗議買わなくてもほぼ全ての大学に通用すると思います。 現代文のトレーニングの他、でる問記述などもありますので、一時期に比べたら小説対策本充実し、小説対策本が必要な大学を受験する受験生は勉強しやすくなって助かってるでしょうね。
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roudai at 2011-10-02 08:01
>いのおかさん
一応「年カリ」②③はまだ現役でしたね。最近見かけなくなったので全滅したのかと思いました。
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kazu
at 2013-02-28 23:10
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先日古本屋にて新田村の現代文講義3とこちらの2冊で1000円で購入できたのですがラッキーでした。
別冊の問題冊子も切り離されてなく愛読者カードというハガキまで入っておりおそらく未使用でした。 これからも絶版書の紹介楽しみにしております。
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roudai at 2013-03-29 22:39
>kazuさん
はじめまして。それはラッキーでしたね。 参考書のプレミア価格なんて共同幻想ですから、価格にばかり執着するとロクなことは無いですけど。2冊とも良書なので腰を据えてじっくり読んで下さい。 |