浪人大学付属参考書博物館

roudai.exblog.jp
昔の大学受験参考書を展示する私設博物館です。

by roudai
更新履歴
2017/05/03
春のイベントのお知らせに進捗状況を追加しました。

2017/04/08
春のイベントのお知らせに通販状況を追加しました。

2017/04/01
春のイベントのお知らせに当日の注意事項を追加しました。

2017/1/29
収蔵品番号222
のレビューを追加しました。

2016/9/24
収蔵品番号420
のレビューを公開しました。

2016/8/13
収蔵品番号467
のレビューを公開しました。

2016/7/23
収蔵品番号200
の復刊情報とレビューを追記しました。

2016/06/12
発行書籍番号006
の紹介記事を追記しました。

2016/03/23
収蔵品番号353
の代替参考書を変更しました。

2016/03/20
収蔵品番号470
収蔵品番号463
収蔵品番号456
収蔵品番号449
収蔵品番号414
収蔵品番号407
のレビューを公開しました。

2016/02/29
収蔵品番号505
収蔵品番号502
収蔵品番号460
収蔵品番号454
収蔵品番号410
収蔵品番号409
収蔵品番号405
のレビューを公開しました。

2016/02/14
収蔵品番号477
のレビューを公開しました。

2015/09/07
夏コミ新刊の通販を開始しました。旧刊も在庫ありです。

2015/08/29
収蔵品番号392
の復刊情報を追加しました。

2015/08/10
収蔵品番号452
収蔵品番号451
収蔵品番号450
収蔵品番号448
収蔵品番号447
収蔵品番号446
収蔵品番号445
のレビューを公開しました。

2015/08/01
発行書籍番号010
発行書籍番号008
発行書籍番号007
の改訂版情報を追記しました。

2015/06/01
収蔵品番号486
収蔵品番号487
収蔵品番号488
収蔵品番号489
収蔵品番号490
収蔵品番号491
収蔵品番号492
のレビューを公開しました。

2015/05/10
収蔵品番号478
収蔵品番号484
のレビューを公開しました。

2015/05/05
収蔵品番号472
収蔵品番号474
収蔵品番号475
のレビューを公開しました。

2014/11/30
収蔵品番号394
収蔵品番号399
収蔵品番号400
収蔵品番号402
のレビューを公開しました。

2014/10/14
収蔵品番号398
収蔵品番号397
収蔵品番号396
のレビューを公開しました。

2014/8/26
発行書籍番号011
発行書籍番号012
の委託販売を開始しました。

2014/6/7
収蔵品番号376
収蔵品番号150
収蔵品番号103
の代替参考書を変更しました。

2014/4/29
収蔵品番号434
のレビューを公開しました。

2014/04/19
収蔵品番号430
の代替参考書を変更しレビューに情報を追記しました。

2014/03/30
収蔵品番号357
の電子版復刊情報を追加しました。

2014/3/25
収蔵品番号433
収蔵品番号432
収蔵品番号431
のレビューを公開しました。

2014/02/26
収蔵品番号086
収蔵品番号347
の復刊情報を追加しました。
収蔵品番号393
のレビューを公開しました。

リンク

浪人大学
COMIC ZIN 委託販売リスト
カテゴリ
以前の記事
最新のコメント
https://page..
by kazkomi at 22:35
>Mさん 私も初日に行..
by roudai at 21:11
昨日、代ゼミ創立60周年..
by M at 19:18
夏コミ(8/13)参戦予..
by M at 10:41
>落札できなかった男さん..
by roudai at 05:11
おはようございます。 ..
by 落札できなかった男 at 09:44
サンクリへは、トライ予定..
by M at 22:45
[基礎編]現代文のトレー..
by かきくけこ at 20:03
本日はありがとうございま..
by 落札できなかった男 at 22:19
>Mさん そろそろ来る..
by roudai at 18:30
検索
タグ
ブログパーツ
ここにブログパーツのスクリプト を入れてください。
FX取引機能比較
記事ランキング
ブログジャンル

収蔵品番号430 アルバトロス現代文

d0133636_014414.png
【タイトル】東大理3生が教えるアルバトロス現代文
【著者】水野遼
【肩書】
【出版社】エール出版社
【サイズ】A5
【ページ数】214頁
【目次】
はじめに
2010年センター試験  第1問
                第2問
2009年センター試験  第1問
                第2問
2008年センター試験  第2問
2005年センター試験  第1問
                第2問
2004年センター試験  第1問
                第2問
2003年センター試験  第1問
                第2問
2001年センター試験  第1問
                第2問
2000年センター試験  第1問
漢字・語句の意味
あとがき
【初版発行年月日】2011年1月15日
【収蔵品発行年月日】2011年1月15日 初版第1刷発行
【収蔵品定価】本体1500円+税
【入手困難度】★☆☆☆☆
【学力貢献度】☆☆☆☆☆
【ヤフオク相場】750円~
【鑑定額】105円
【代替参考書】水野遼「東大理3・文1合格の著者が教える「満点を取る! ! ! 」アルバトロス現代文 改訂3版 (エール出版社)
【コメント】
今週末はセンター試験ということでセンター試験現代文に特化した本書を取り上げてみる。

先日ある人と雑談していた折、誰が東大理3合格者の合格体験記を読みたがるのかという話になった。
東大理3に受かるということは同世代の受験生の上位100名であるというのとほぼ同じことで、何かそこに到達するための秘密のノウハウがあると凡人は思うのだが、実際に読んでみるとそもそも地頭が違いすぎて使う問題集やペースなど超人的なケースが多く(合格直後でハイになっているため話を「盛って」いる部分も多少あるだろうが) 、並の受験生では「鵜のマネをするカラス」になるのがオチで、挫折感しか味わなさそうな気がする。
理3に受かるレベルの人なら思い当たる節があるのかもしれないが、それでは出版してもせいぜい毎年100冊ずつしか売れないことになる。あのシリーズが長年続いてるということはもっと売れ続けている証明で、現実がわからない東大病の父兄がタイトル買いしているのだろう。
理3合格者であればセンター試験は9割以上取れているから当然センター国語で取りこぼしたりはしていないはずなのだが、合格体験記を読んでまともな現代文対策に出会った記憶がない。

本書の著者は福岡市出身ながらわざわざ灘中・灘高に通い東大理3に合格したという(巻末のプロフィールに理3の文字はなく、なぜか公認会計士試験合格と書かれている…単なる資格マニア?)が、現在は法律専門学校の人気講師らしいということを聞くと尚更本当に理3なの?と思ってしまう。

他の本と違い即答法がメインで消去法を補助として用いていると自称しているが、大半の問題は「この方が早い」などと言い訳をして消去法を使う羊頭狗肉ぶり。この辺がアルバトロス(アホウドリ)の由来なのだろうか。
あとは「必勝スタイル」などと言って
 ①本文を読みつつ、傍線部に出くわしてからしばらく読んで、設問を見る
 ②設問に対し、自分なりに解答する
 ③選択肢を見て、自分のイメージしたものにもっともよくなじむものを選ぶ
などというトンチンカンな手法を掲げている点くらいか。
東大受験生なら文理を問わず記述解答を作れて当たり前だが、世の中には自分なりに解答できない受験生がゴマンといることには思いが至らないのだろう。自分のイメージした「回答」に合致する選択肢がないときは自分の解釈の下手さを棚に上げて出題者に責を負わせるあたり、今まで20年間唯我独尊で生きてきた生き様が垣間見えて、そんな人間が医者になってしまうことにうすら寒さを覚えてしまう。

14題も問題を詰め込んだために1題あたりの解説はわずか6頁程度で、本文の恣意的な抽出(なぜそこを抽出するのかは読者に分からない)と問題に難癖をつけるだけの偏った読みと、聞きかじった程度の底の浅い(無くても本文の読解には全く影響ない)知識を振り回しているため、読んでいてイライラしてくる。特に酷さが際立つのは同人誌で取り上げた2009年2010年の問題で、出版不況とは関係なく、こんな内容を持ち込んでどこの出版社も出してくれないと巻末で筆者がぼやくのも当然と思われる(それを出版してしまうのがエール出版社なのだが・笑)。
【問題文は↓から】
2010年センター試験(河合塾)

たとえば第1問の問3、
傍線部B「技術、通信、文化、広告、教育、娯楽といったいわば情報そのものを商品化する新たな資本主義の形態」とあるが、この場合、「情報そのもの」が「商品化」されるとはどういうことか。その具体的な説明として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
①多くの労カを必要とする工業生産物よりも、開発に多くの労力を前提としない特許や発明といった技術の方が、商品としての価値をもつようになること。
②刻一刻と変動する株価などの情報を、誰もが同時に入手できるようになったことで、通信技術や通信機器が商品としての価値をもつようになること。
③広告媒体の多様化によって、工業生産物それ自体の創造性や卓越性を広告が正確にうつし出せるようになり、商品としての価値をもつようになること。
④個人向けに開発された教材や教育プログラムが、情報通信網の発達により一般向けとして広く普及したために、商品としての価値をもつようになること。
⑤多チャンネル化した有料テレビ放送が提供する多種多様な娯楽のように、各人の好みに応じて視聴される番組が、商品としての価値をもつようになること。
に対する解説がこうなっている。
 さて、ポスト産業資本主義の特徴は、傍線Bにかかりますが、「情報」が価値を持つ時代であると言うことです。この話題は2009年度の解説と重複しますので、こちらでは簡単な解説に留めますが、「情報」というのが何を意味するか。本文との関係で重要なのは次の二点です。すなわち、A情報の価値は差異にあり、労働とは無関係である BAの故に、ポスト産業資本主義は商業資本主義に回帰しているということです。
 具体的に説明しましょう。本文にもあるとおり、ある人間にとって情報が価値を有するのは、その人間が当該情報を知らず、かつ知りたいものであるときです。ということは、ある情報を持っている人と持っていない人の間には、情報と何らかの対価との交換を行う動機が生まれます。みんながその情報をほしがれば、当然、価格は跳ね上がります。この意味で、情報の価値というのは、かつてのコショウの価値と同じ構造を持っていると言えるのです。ただそこで人々が求めているのは、「あいつが持っていない情報をオレは持っている」という「差異」です。
 ここでの「差異」は、日本においては次のような事情に裏打ちされます。すなわち、高度経済成長期において、国民は「三種の神器」を手に入れるべく努力しました。その後は海外旅行でした。しかし、それらが一通り手に入った後は何を求めるか。それは文字通りに「人それぞれ」になったわけです。価値観の多様化、相対化という問題に直面したわけです(ここでは誌面の都合上深くは踏み込みません)。
 さて、本文に戻って傍線Bを見てみましょう。重要なポイントは一つ。丙(ポスト産業資本主義)の説明です。そこでは「情報そのもの」が価値を有するということがいえる、つまり、「差異」が価値を生み出すのだ、ということを言っているものが正解です。
 しかし、この問題は非常に選択肢が「汚い」です。なぜかというと具体例としてあまり適切ではないように思われるからです。正解は⑤ですが①を選んてもあまり非難できないように思います
 情報が同時に入手可能なことに焦点を当てる②、広告技術云々に触れる③、「個人向け」が普及して「一般向け」になるという方向性をとる④(むしろ論理が逆でしょう)が失当なのは明らかです。では①か⑤かということになります。
 ①は、労働価値説に対比して、特許や発明といった無形資産・知的財産を挙げています。それに対して、⑤は多チャンネルのテレビを挙げています。どちらが適切な例でしょうか。
 確かに、ポスト産業資本主義における価値観の多様化から「差異」を導き出すとしたら、それだけを正直に置き換えれば、⑤ということになりそうです。しかしながら、単に個々人の好みが多様であり、それに対応したものに「価値」がある、というのは、ここでの「差異」が「価値」を生むという理論からは少し脇道にそれているきらいがあります。
 ここで強調すべきなのは、「価値観が多様化した時代にあっては、他者との差異を強調したいという欲求が働き、そのために財が投資されて価値が生まれる」(註・本文に該当する記述ナシ)という点です。ここで、「価値」を生み出す「差異」は横方向の差異(単にオレとおまえは違うということ)ではなく、縦方向の差異(差別化ということ)だということに、この問題の作問者は気がついていません。テレビの多チャンネルではその論旨が十分に表現できていないのは明らかでしょう。しかもテレビは高度成長時代からの延長線上にあるので混同しやすいのも間題です。それより、特許権のようにアイデアすなわち「情報」に高付加価値を見出すという説明の方が適切な気もしないではありません。ただ、多様性に一切触れていないのは難点でしょう。筆者としては、例えば月額制のファッション情報サイト等の例を挙げるべきではなかったかと思います。(30~31頁・太字引用者)
自ら「価値観の多様化、相対化」という言葉を引っ張り出しながら、多様化の欠片もない選択肢を不当に出題者を貶しながら擁護する意味不明な解説。
ちなみに「役立つ本」で原センセイはどう語っているか。
①多くの労力を必要とする工業生産物、青(産業資本主義)よりも、多くの労力を前提としない技術、ここでもうダメですね。緑(ポスト産業資本主義)は労力の多寡と関係ありませんから。選択肢の中に「情報」という言葉もないので論外。
②株価などの情報を誰もが同時に、はいアウト。誰もが同時じゃ価値がないんです。自分しか知らない、いわゆるインサイダー情報ってヤツですね、ならば価値があるけれど、株価はみんなが知っているんです。よって以下を読む必要もなく×。
③広告媒体の多様化によって、広告なんて言葉がここまで出てこない段階でほとんど×なんですが、創造性、卓越性、微妙に「差異」と被る言葉ですが、それが広告に正確にうつし出される、一切書かれてないですね。「ナシ」と書いておきましょう。
④個人向けに開発されたプログラムが一般向けとして広く普及、これも×。個人向けというのは緑でいいんですけど、それが一般化したり広く普及したりしては価値が無くなるので×。
⑤多種多様な娯楽のように各人の好みに応じて、ここは緑ですね。情報を商品化しています。そして各人の好みですから当然他人と異なります。そういった番組が価値を持つこと、みんなが大晦日に紅白やレコ大を見ている時代は青なんです。個人が別々の番組を有料放送やネット放送など様々なチャンネルで見るのが緑なんです。よって⑤が○。
他にも知識をひけらかしたいが為だけに純真な読者に威しをかける。
「フロイトによれば~あるという」のうち「三度ほど大きな痛手を被ったことがある」という部分にまず注目です。そこでは、A地動説B進化論C無意識という3つが挙げられています。実はこの部分が何を言っているのか、それがわかるのとわからないのでは天と地ほどに差があるのです。
 本文では、これらによって「人間の自己愛」が「痛手を被った」と言っています。どういうことでしょうか。これはABCの少なくとも一つを知っていなければなかなかわかりづらいでしょう。本文外の知識ですが、簡単に解説しておきます。(中略)
 これらの例が言わんとしていることが見抜けたでしょうか。それは、「人間中心主義・人間至上主義」に対する重要な反証例であるということです。そうすると、「少なくとももうひとつ、フロイトが語らなかった傷」という部分のもう一つの傷が何を意味するのか、予想がつきますね。人問至上主義に対するアンチテーゼであると言うことです。それはなにか?というのが本文の首題(原文ママ)です。これは最後の問題にも関係するので、少し記憶に留めて置いてください。
「それがわかるのとわからないのでは天と地ほどに差がある」と言いながら、直後に「少なくとも一つを知っていなければなかなかわかりづらい」とトーンダウンしている。
原センセイはここをどう語っているかというと
過去に三度ほど大きな痛手をこうむったことがあるという。はい「三度」、数字ですね。数字が出てきたら必ず数字に○をしておく。で、「大きな痛手」、マイナスのニュアンスの言葉ですね。何か悪いこと、マイナスなことがあった。人間の自己愛は過去に三度大きな痛手をこうむったことがあると。一度目は、はい、あらかじめ「三度」と提示してその内容を展開していきます。「一度目」の横に①と書きます。必ずこの後②、③が出てくる。それがいつ出てくるのか、と予測しながら読んでいく。(中略)「しかしながら」、逆接の三角ですね。「実は」、「実は」という言葉は作者が必ず自分の主張を強調するために、相手が考えていること、知っていることをひっくり返しにかかる、その時の「決まり文句」が「実は」という言い方なのです。だから、この先を注意して読んでいきます。
人間の自己愛には、少なくとももうひとつ、「もうひとつ」ですから四番目ということです。先に三つと言って、もうみんな三つは知っているよね、だけど四つ目があるんだよというのが岩井の一番イイタイコトになるわけですね。ですから、先ほどの三番目の「フロイト云々」というのは分からなければ分からなくて構わないということになります。その四番目の「フロイトの語らなかった傷」が今後のテーマになるわけですからこれに花丸を付けておきましょう。
受験生にとってどちらの負荷が軽いかは言うまでもあるまい。

最もこの本の酷さを伝えるのは2010年の小説問題で、あまりの誤読ぶりに自分の眼を疑ってしまった。この本をヨイショしている連中は以下の記述に目が行かなかったのだろうか?
 これまで克久たちは、一心に練習に打ち込んできたこともあり、自分たちはある種完成の域に達しつつあるという感覚を覚えていました。しかし、世の中そんなに甘くなかった。井の中の蛙に過ぎないと痛感させられたわけです。本文からその根拠を拾っておくと、「スゴイ学校は他にいくらでもあった」とストレートに書いてありますし、他校の「硬質」な音色に圧倒されています。この「硬質」は、金管楽器の演奏の「機械的」な「無機質性」のことを言っていると解するべきでしょう。なぜなら「騎馬隊」や「精密機器」というと、号令や電気回路に応じて無機質に作動するものというイメージがありますし、宗田少年が「人間的」なものに嫌悪感を覚えていることから、その反対概念としてそう推察されます。つまり自分たちの演奏はまだ人間くさく、そのために未熟であると痛感しているのです。
 これに対する反応は、川島少年のように素直に「負けた」というものと、OBのようにあれこれ負け惜しみを並べ立てるものとがあります。それを見た克久は、昨日まで「鳥の鳴き声」のようだったOBの声が人間くさく感じられたといっています。普段は威張っている絶対権力者のOBも、世間に出てはただの人だということを克久は痛感し、ある意味では社会化されたわけです。
 さて、設問に戻りましょう。傍線Bはどういう意味でしょうか。「怒られるたびにむくれていた」ことがなぜ、「消えた」のか。これまでの展開を踏まえて推論してみましょう。
 むくれていたのは、自分たちが練習を重ねるたびに着実に進歩しているという自負があり、そのことが正当に評価されていないということに対する、克久の不満感であったと解されます。冒頭にもあるように「練習づけの毎日にだったのですから。しかしながら、地区大会での他校の実力との差を痛感させられたのです。それまでむくれていたことは、ある種の羞恥心を引き起こしたでしょうね。自分の思っていた到達度など、まだまだ未熟なものにすぎないと思い知らされ、鼻を折られたわけです。
 つまり、解答に当たって必要なのはA練習を積んできた自負 B他校との圧倒的な実力差 C自分たちの未熟さを実感といったところでしょう。これらを盛り込んであるのは、③ですね。
 他の選択肢を検討しておきます。②はどう考えても失笑ものですね。克久らがリラックスできたのは、いつも威張っているOBが負け惜しみを言うのを聞いて、彼らも人間なのだと実感したためであり、改めて信頼を深めた等というのは好意的に解釈しすぎでしょう。③④のように、他校との実力差に一切言及していないものも、論点を外しています。これではただの自信過剰です。⑤は、確かに、他校との実力差を痛感した以上、自分たちに練習がまだまだ足りなかったという思いもなかったとは言えませんが、毎日一生懸命練習してきたという自負はあるのであり、自信を持って演奏できるほどの練習はしてこなかったというのは明らかに矛盾です。(35~36頁)
直接問題で問われている箇所ではないが、本文の箇所をどう読んだら筆者のようにOBの言葉が「負け惜しみ」になるのだか。灘のOBはよっぽど威張っていて下級生として苦労したのだろうと同情してしまう(爆)。そもそも「鳥の声」とは何なのか、鳥が威張っているのだろうか、意味不明である。
原センセイに解説してもらおう。
ところが、どこからか謎の台詞が出てきます。「完成されているけど、音の厚みには欠けるよ」ずいぶんと上から目線です。誰の発言か分からないまま作者は続けます。負けたという全員の感情、とりわけ一年生達の驚きを代弁した川島の一言、はい、代弁しているのだから川島も一年生ですね。ということは宗田も一年でしょう。出番を控えていた、まだ自分たちは演奏していないんですね。する前からビビッちゃった。このままじゃロクな演奏は出来ない。そしてもう一度、「完成されているけど、音の厚みには欠けるな」なぜか微妙に語尾が違いますが(笑)、ずいぶん偉そうなOBですね。たかだか高校生くらいの分際で。こういう口ばっかり達者でウザいOBいますよね。自分たちは「負けた」と思っているけど、OBは批判的な意見を言うわけです、聞こえよがしに(笑)。それが聞こえたことで多少なりとも前向きになれたのだからウザいOB様々です。
「やっぱり、中学生はね。技術が良くても音の量感には乏しいよ」、ついこの間までお前らも中坊だったろ、というのが偉そうな口をきくわけです。「うちはまぁ、中学生にしては音の厚みはあるしさ」、お前どんだけ母校の練習に顔出してるんだって台詞ですが、判官贔屓とはいえ有り難いわけです。現役の後ろにOB席があって、横長に出場する学校毎に並んで座っているのでしょうね。で、出番になると現役だけぞろぞろと舞台に移動するのでしょう。昨日まで鳥の鳴き声みたいに聞こえたOBの言葉が、今日はちゃあんと人間の話し声に聞こえる、ここを出題しても良さそうなのですが、「異常」ですよね。OBが鳥の鳴き真似をしていたわけではなくて、練習中にウザいOB達に何を言われようと意味不明だし単なる雑音だったわけです。ただ地区大会のこの状況下でようやくOB達の言っている意味が理解できたし、身内として心強さを感じているわけです。これが誰の感情かというと、克久にとって驚きに値した、ですから引っ込み思案で当然OBとも疎遠な克久にとって、昨日まで理解できなかった言葉が突然理解できるようになったことが驚き、驚くのも感情ですね、だから昨日まで~値したまでずっと赤。


かくのごとく、文章の解釈自体がお粗末極まりなく、解法も特に秀でた点がなく、この定価の2/3で河合の過去問集が買えてしまう(ウチの同人誌なら5冊・笑)ことを考えれば金を出すに値しない駄本というのが妥当な評価だろう。

【追記】
性懲りもなく改訂3版が出たので立ち読みしてきたが、今年のセンター解説が追加されただけ。「改訂3版のまえがき」で「ネットで酷評された」と書かれているが、酷評の内容から当博物館ではなさそう。「やさしくするだけが参考書ではない」と一見正論を言っている風で、手法は全く明後日の方向なのは従来通り。
もちろん上記指摘箇所は旧来のまま。今年の解説でも「戦勝(ママ)前の昭和13年」などと立ち読みレベルで気付く誤植有り。
いつの間にか表紙に「文1合格」まで追加されて、よっぽど内容に自信がないのだろう。お金をドブに捨てたい人以外は5月に出る河合の黒本を待った方がよっぽど為になる。
[PR]
by roudai | 2014-01-14 00:00 | 国語 | Comments(10)
Commented by 水野先生の信奉者です at 2014-02-07 11:58 x
は?あんたはその原センセイってのを信奉したいから、それに反する記述をしている水野先生の本をこき下ろしたいだけなんでしょ?信者君。
新版のはしがき読んだらわかるけど、水野先生は大学受験からは退いてるのに、出版社がどうしてもとせがむから、仕方なく筆を執ってるんだよ。受験オタクと一緒にするな。
Commented by ai at 2014-02-09 20:57 x
仕方なく筆を執ったものが余りにもお粗末なので酷評されているのでしょう。
自分の名前を出して書いている以上、出版社云々は言い訳になりません。
水野先生を擁護したいお気持ちはわかりますが、
この出版物は大学受験においてお世辞にも良い本だとは私も思えません。
Commented by tabitetu at 2014-02-20 14:03 x
頭の良い人は普通の人と脳の構造が違います。資格試験や
大学受験の際に、「頭の良すぎる人とは付き合ってはいけない!!」
という言葉があります。気をつけましょう。
Commented by roudai at 2014-02-23 21:50
>水野先生の信奉者ですさん
書き捨てでしょうから返事をするのも面倒でしたが、こういうロジカルでない生徒が信者だと言うことはよくわかりました。それとも一種の「褒め殺し」でしょうか。
Commented by roudai at 2014-02-23 21:52
>aiさん
的確なフォローありがとうございます。私が書くと3倍くらいになってしまう内容をズバリと書いていただいて感謝しています。
Commented by roudai at 2014-02-23 21:54
>tabitetuさん
本当に「頭のよい人」を凡人が真似してはいけませんね。私も中学受験の時にしみじみと感じました。
Commented by Y良_bot at 2014-08-27 02:28 x
段落番号をちゃんとふったほうがいいですよね。本文の一体どこを解説しているかが、非常にわかりずらいです。まず本文読解なんですが、本文をブロック化・図式化もしくはマーキングして解説してる他書のほうが断然わかりやすいです。次に設問解説なんですが、きわめてあいまいであり、受験生が他の問題で再現することができなさそうなアドホックな解説となっております。筆者の肩書だけが立派?っということで、絶賛している人はきちんと中を確認していないのでしょう。
Commented by roudai at 2014-09-01 23:06
>Y良_botさん
本文解説は本当に気の向いたところ(自慢話のできるところ)だけしかしてませんものね。他人の本を「アドホック」とdisる割に本人はどこまでも明確な手順を示さずにアドホックです。石原の本もそうですが、ちゃんと読めない人ほどこういう本に釣られますね。そういう意味で商売は上手なんでしょうが。
Commented by Warriors at 2014-11-10 04:34 x
現代文についてですが、中央図書の、

現代文解釈の基礎―着眼と考え方: 遠藤 嘉基, 渡辺 実
現代文解釈の方法―着眼と考え方: 遠藤 嘉基, 渡辺 実

についてはどう評価されますか?
Commented by 浪人生S at 2017-03-16 18:38 x
東進の林先生の教え方に似てますね。
引用文を見る限り説明はこの方より圧倒的にマシですが、「必勝スタイル」や「設問へのクレーム」は正にって感じです。